論文の追試結果を発表する学術誌が始動
産業界では通常、科学論文の結果を再現できなくても、その事実を発表することはない。けれどもこのほど、バイオテクノロジー企業のアムジェン社(Amgen;米国カリフォルニア州サウザンドオークス)が、追試によって結果を再現できなかった3つの研究に関する詳細なデータを公表した。ここで問題となった研究論文は、いずれも著名な科学誌に発表されたものだった。
アムジェン社は、これをきっかけに追試の結果を報告する動きが他社にも広がり、科学論文の結果を他の研究室で再現できない理由を科学コミュニティーが解明できるようになることを期待している。
同社の追試データは、オープンアクセス形式の新しいオンライン学術誌Preclinical Reproducibility and Robustness(前臨床における再現性・頑健性)に投稿された(go.nature.com/3zzea9参照)。この学術誌は、英国ロンドンに本部がある科学論文評価サービス「Faculty of 1000(F1000)」のオンライン出版プラットフォームF1000Researchのチャンネルの1つで、科学論文の追試の結果を速やかに発表することを目的としている。
新しいチャンネルのアイデアは、研究公正の向上のために2015年に開かれた会合での話し合いから生まれた。この会合で、アムジェン社の研究発見部門を率いるSasha Kambは、「自社の科学者が学術論文の追試をしても結果を再現できないことが多いのだが、追試の結果を発表したくても手間がかかりすぎるため発表できない」と打ち明けた。
これに対して、F1000Researchの顧問の1人で、Scienceの前編集長であるBruce Albertsは、従来のシステムよりも格段に早く論文を発表できるF1000を利用することを提案した。F1000Researchへのオンライン投稿(発表)の費用は150~1000ドル(約1.7万〜11万円)で、研究論文は投稿後にオープン査読を受ける。F1000の編集者たちは、データが無料で入手できるか、実験手法が適切に記載されているかをチェックする。「要は、データを公表して批判的に見てもらおうという試みなのです」とAlberts。
再現性をめぐる問題の歴史
2012年、アムジェン社の研究者らは、がんに関する「重大」な論文53本のうち47本の発見を再現することができなかったと発表した1。機密事項との関係もあり、再現できなかったのがどの論文であったかを明かすことはなく、Kambによると、現時点では詳細を発表する計画もないという。なお、彼はこの研究には関与していない。
今回アムジェン社が投稿した3本の追試論文では、原著論文の結果と自分たちが得た結果を詳細に比較することはしていない。これは意図的なものだ。「『あの人の研究は明らかに間違っている』と強硬に主張することは避けたいのです」とKamb。
再現性が否定された研究は以下の3つだ。(1)あるがん治療薬がアルツハイマー病の治療薬になるかもしれないとするScienceに掲載された論文2で、以前から批判されていたもの。(2)マウスのある遺伝子をインスリン感受性と関連付ける複数の論文3,4で、アムジェン社の研究者によるものも含まれている。(3)特定のタンパク質を抑制することで神経変性疾患に関連した他のタンパク質の分解を促進できるとするNatureに掲載された論文5。Kambによると、アムジェン社の研究者らは、原著論文の執筆者たちに連絡せずに追試を行ったという。
広がる支持
科学コミュニティーはこれまで、主として「ほのめかし」という形で、再現性のない論文に関する情報を広めてきた。ノバルティスのバイオメディカル研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の神経科学部門の統括責任者Ricardo Dolmetschは、この方法は効率が悪いし、原著論文を執筆した研究者に対してフェアでないと言う。「科学文献のシグナルノイズ比を改善するために私たちにできることなら、何でも歓迎です」。
一方、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)で科学的頑健性について研究しているJohn Ioannidisは、F1000の新たな試みは便利だとは思うが、論文の再現性についての報告を促すこれまでの試みはいずれも失敗に終わっていると指摘する。「科学コミュニティーでは、追試の価値は正当に評価されないものです」。
けれどもKambは、そのうち彼らも投稿してくれるだろうと言う。Kambはこれまで、自分たちの活動への支援を表明した業界の複数のリーダーと対話を重ねてきたからだ。バイオテクノロジー企業のジェネンテック社(Genentech;米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ)の副社長Morgan Shengは、自社の科学者たちもこのチャンネルにデータを投稿することになるだろうと言うが、「このようなチャンネルは、良い科学がバッシングされる場所になってしまう危険があります。生物学の実験は複雑で、制御が難しい変数が多いため、別の研究者が論文の結果を再現できないからといって、必ずしも『真実でない』わけではないのです」とも言い添えた。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160515
原文
Biotech giant publishes failures to confirm high-profile science- Nature (2016-02-11) | DOI: 10.1038/nature.2016.19269
- Monya Baker
参考文献
- Begley, C. G. & Ellis, L. M. Nature 483, 531–533 (2012).
- Cramer, P. E. et al. Science 335,1503–1506 (2012).
- Gardner, J. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 418,1–5 (2012).
- Osborn, O. et al. J. Clin. Invest. 122, 2444–2453 (2012).
- Lee, B.H. et al. Nature 467,179–184 (2010).