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日本のCOVID対策に学ぶ:カギは明確なメッセージ

押谷 仁(おしたに・ひとし)東北大学大学院医学系研究科教授。 Credit: HITOSHI OSHITANI

日本では、COVID-19の6度の流行の波を通じて、人口当たりの患者数および死亡者数が、他のG7諸国と比較して著しく低くなっている。世界一高齢化が進んでおり、さらに人口が密集しているにもかかわらずだ。確かに日本は、ワクチン接種率が(特に高齢者で)高く、マスク着用が当たり前になっている。しかし、どちらも完全な説明にはなっていない。ワクチンができる前から死亡者数は少なかったし、マスク着用はアジア全体で一般的なことだ。

日本は、この病気の広がりとリスクを理解し、その知識を使って、社会的・経済的活動を維持しながら、死亡や入院を最小限に抑えようとしてきた。これらの要因間のバランスを取ることは難しい。おそらく強い社会的圧力が、マスク着用などの防護策を後押しし、リスクの高い行動を最小限に抑えることにつながったのだろう。全体として、政府は防護策を講じるための情報を迅速に国民に提供し、強硬な施策を避けることができた。

2003年、私が世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務局で新興感染症に関わっていたときに、重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した。SARSは8カ月以内に封じ込められ、死者は1000人未満にとどまった。中国で肺炎を起こした人から、これと類似したコロナウイルス(SARS-CoV-2;新型コロナウイルスと呼ばれることになる)が検出されたことを初めて知ったとき、おそらくこの流行も同じような経過をたどるだろうと私は考えた。

しかし、そうではないことにすぐに気付いた。SARSではほとんどの人が重症化したが、SARS-CoV-2が引き起こすCOVID-19は、多くの例が軽症か無症状であり、しかもSARSとは異なり、具合が悪くない人からも感染する可能性がある。つまり、COVID-19は「見えない」ことが非常に多いので、封じ込めが難しいのだ。

日本では憲法上、厳重なロックダウンができないため、感染を抑えるには別の方策が必要だった。日本では今回のパンデミック(世界的大流行)以前に、400の保健所で8000人以上の保健師が、結核などの病気について「さかのぼって」接触者追跡調査を行い、どのように感染が広がったかを特定してきた。このシステムが、すぐにCOVID-19に適応された。

日本は、強硬な施策を回避しつつ、人口当たりの患者数・死者数を他国に比べて抑えてきた。そのカギは、国民への明確なメッセージにあった。 Credit: KAZUHIRO NOGI/Contributor/AFP/Getty

2020年2月末までに、科学者たちは多くの感染クラスター(超拡散イベントとも呼ばれる)を特定し、ほとんどの感染者は他の人に感染させず、少数の人が多くの人に感染させていることが明らかになった。私の過去の研究から、呼吸器系ウイルスは主にエアロゾルを介して感染することが分かっていた。そこで私は、共同研究者たちと超拡散イベントに共通するリスク因子を探し、より効果的な公衆衛生メッセージを提案した。SARS-CoV-2がエアロゾルを介して拡散する可能性があるという初期の兆候を、メッセージに取り入れたのだ。

その結果、私たちは「三密(3C)」、すなわち密閉・密集・密接(closed spaces, crowded places and close-contact settings)を避けるよう警告を発することになった。他国が消毒に力を入れる中、日本ではこのコンセプトを広く推進し、カラオケ店、ナイトクラブ、屋内での食事など、リスクの高い行為を避けるよう呼びかけた。その結果、多くの人々がそれに従った。また、2020年の流行語年間大賞は、芸術家、学者、ジャーナリストで構成される選考委員会により「三密」に決定された。

恵まれた人々だけを助けるような解決策は「ニューノーマル」として受け入れられない

パンデミックが始まって以来、私たちは超拡散イベントの差異を追跡してきた。世界の他の地域では、しばしば経済的な理由から制限を完全に解除し、「通常の状態に戻る」ことを試みているが、再び感染者が急増し、多くの死者が出ている。恵まれた人や免疫力のある人たちだけを助け、その一方で弱い立場の人々がそのような政策による重荷を負わされるような単純な解決策は、「ニューノーマル」として受け入れることはできない。現在のデータは、日本国民が適応していることを示唆している。4月下旬から5月上旬にかけて、日本ではゴールデンウィークと呼ばれる連休があった。2022年は、飲食店の閉店時間やアルコール提供の有無などに関して、ほとんどの制限が撤廃された。人出も増えたが、COVID-19の流行前に比べれば少なく、換気が十分な場所を見つけるなどの注意事項が強調された。以前の流行の波では、感染者が減ると人々の気が緩み、次の流行の波を促した。しかし、2022年の初めに感染者が急増した後は、制限的な措置が講じられていないにもかかわらず、人々の行動が以前とは異なっているように思われる。

状況はより複雑になってきている。ワクチンの接種率が高く、オミクロン株の致死率が低いため、患者が急増しているにもかかわらず、人々は厳しい措置の受け入れに消極的だ。特に日本のような高所得国では、ワクチンの追加接種、抗ウイルス薬、臨床治療の改善、公共施設の換気状況を監視するCO2モニターといった公衆衛生対策など、より多くの介入方法がある。

しかし、ウイルスを根絶する確実な方法はない。もちろん、日本の対応は完璧とはいえず、批判も受けている。日本の初期の検査能力が限られていたのは確かだが、広範囲な検査だけでは感染を抑制することはできない。

ウイルスと人々の行動は変化することを理解し、変化に応じて勧告を調整しなければならない

科学者や政府のアドバイザーは、長期的に見て正しいバランスとは何かがまだ分かっていないという事実を認めねばならない。また、ウイルスと人々の行動は変化するものだということを理解し、そうした変化に応じて勧告を調整しなければならない。

新型コロナウイルスの脅威がなかった時代に戻ることを切望する人々は、「出口戦略」や「通常に戻る」といった言葉をよく使う。しかし、私たちは今、通常状態に戻っているわけではない。各国は、感染の抑制と社会・経済活動の維持を保つ最適なバランスを追求し続けなければならない。では、どうやって? 世界中の人々の苦しみを最小限に抑えるために、文化や伝統、法的枠組み、既存の慣行などに適用できる、手持ちのあらゆる手段を使うのだ。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220822

原文

COVID lessons from Japan: the right messaging empowers citizens
  • Nature (2022-05-23) | DOI: 10.1038/d41586-022-01385-9
  • 押谷 仁
  • 押谷仁は、東北大学大学院医学系研究科教授(微生物学)。パンデミックへの対応に関して日本政府の顧問を務める。著者は利益相反事項を申告している。詳細は go.nature.com/3wwjmhgを参照。