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ピラミッドの巨大新空間を科学的に発見

図1 クフ王のピラミッドと発見された空間 Credit: ©ScanPyramids

図2 クフ王のピラミッドに置いたフィルムの設置場所

–– エジプトのクフ王のピラミッドに謎の空間を発見したことが話題になっていますね。

森島: 大回廊の真上に旅客機大の未知の大空間を発見しました。そのことを報告する論文が2017年11月2日にNatureから公開され1、その2日後にはNHKで特集番組が放送されました。その後、いろいろなメディアが取り上げてくれて、大きな反響を呼びました。ピラミッドは人々の関心の高いテーマなのですね。

–– エジプトの考古学者から批判的なコメントが出たとの報道もありました。

森島: 報道があったことは承知していますが、正式な批判コメントは出ていませんし、直接何か言われたわけでもありません。

図3 女王の間に続く洞穴に置いたフィルム

ニュースなどから推測すると、「以前から知られていた空間だ」と言っている人がいるようですが、そのような空間の存在を唱えた説は見つかっていません。岩の隙間に散らばる小さい空間を指しているのであれば、規模が違います。

また、このような巨大空間があると、ピラミッドがつぶれてしまうという意見もあるようですが、物理学的に見ればそのようなことはなく、むしろ巨大空間は荷重軽減に役立つと考えられるくらいです。

エジプトの考古学者の中に、肯定的な人と否定的な人の両方がいるのは、不思議ではありません。考古学者の立場からいうと、「発掘」して初めて「発見」できるのですし、「発見」に考古学的な解釈を加えることも非常に重要です。それに対し私たちは、発掘することなしに観測し、科学的に検証しようとしているのですから。

ミューオンによる透視技術

–– そもそもミューオンとは何でしょう?

森島: ミューオンは宇宙線(素粒子)の1つで、大気上層部で生成され、地球上に絶えず降り注いでいます。上空から、高速で直進してくるミューオンは、地上では1分間に1cm2当たり約1個の割合で検出されます。

このミューオンは、物質を透過する力が非常に高いという特徴があり、1kmの厚さの岩盤でも通り抜けてしまいます。ミューオンのこの性質を利用しようというのがミューオンラジオグラフィです。

–– ミューオンラジオグラフィをもう少し教えてください。

森島: ミューオンが物体を通過するとき、その通過しやすさは、物体の密度や内部構造によって変わります。そこで、検出器を置いて、どのくらいの数のミューオンが、どの方向から到達したかを測定します。そのデータから、物体を傷つけることなく、物体の内部構造を反映する画像を構築できるのです。

–– 画期的な新しい技術なのですね。

森島: ミューオンでピラミッド内部を見ようという発想は、実は1960年代にさかのぼります。しかし、実用化に至る技術開発は、私たちを含め、現在も進められている最中です。

私は物理学科での大学院生時代、ニュートリノの大規模な研究に携わり、素粒子の検出技術(原子核乾板と呼ばれるフィルム)の開発などを行ってきました。2010年に博士課程を修了し、ニュートリノの研究が一段落したときに、以前から興味を持っていたミューオンラジオグラフィの研究を始めました。まずは、東日本大震災で被害を受けた福島第一原子力発電所2号機の原子炉をミューオンラジオグラフィで透視し、内部の構造の画像化に成功しました(2015年に成果発表)。そして、2015年10月に立ち上げられた国際共同研究「スキャンピラミッド計画」に参加して、ピラミッドの観測に乗り出したのです。

いざエジプトへ

–– スキャンピラミッド計画とは?

森島: 科学的手法によりピラミッドの内部や外部を調査することを目的に、エジプトの考古省とカイロ大学、フランスのNPOが立ち上げたプロジェクトです。調査の中核を担う技術がミューオンラジオグラフィで、それには私たちを含め、3チームが関わりました。

3チームは用いる検出技術の種類が異なっており、それぞれが独立して調査研究を進めました。私たち名古屋大学のチームの検出技術は、原子核乾板と呼ばれるフィルムです。臭化銀結晶を成分とする乳剤が塗ってあり、写真のフィルムと同様で、現像すると、記録されたミューオンの飛跡が見えるようになります。フィルムは、小さく軽く、電源不要なので、狭いところにも設置できて格段に安価です。リアルタイムの観測はできませんが、ピラミッドの調査には適していると思っています。

なお、日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK;茨城県つくば市)のチームは、放射線が通ると光るプラスチックシンチレーターを、フランスの原子力・代替エネルギー庁(CEA)のチームは、ガスの中で放電させるガス検出器を用いました。日本の2チームはピラミッド内部の、フランスチームは外部(稜線)の調査を主に担当しました。

–– それで、クフ王のピラミッドの観測を進めたのですね。

森島: いえ、最初の1年くらいは準備期間といいますか、観測手法の開発に費やしました。フィルムは名古屋大学の私たちの研究室で手作りするのですが、例えば、それを海外に運ぶときに、空港の荷物検査のX線に反応してフィルムが真っ黒になってしまわないかとか、旅客機の飛行高度では地上より約100倍多い宇宙線を受け取るのですが、その影響はどうかとか心配しました。

フィルムのいわば「感度」の確認も必要でした。石の厚さが100mあると、通過するミューオンの数は100分の1に減ると予想されます。クフ王のピラミッドは高さが約140mあるので、別のピラミッドを使わせてもらって、フィルムを試験的に置き、フィルムの枚数や設置期間、乳剤の配合などを確認しました。また、既存の空間をミューオンラジオグラフィで画像化できることも確認し、調査手法を完成できました。

図4 新空間が映し出されたミューオンラジオグラフィの画像

–– 現像やデータの解析はどこで行うことにしたのですか?

森島: フィルムはピラミッド内に2〜3カ月間設置し、回収したフィルムは、大エジプト博物館保存修復センターに借りた部屋で、すぐに現像することにしました。それを日本に持ち帰り、飛跡の読み取りとデータの解析を行うことにしたのです。

私たちのチームは、私とポスドク、大学院生、学生の5〜6人からなりますが、2〜3カ月に1回、ほぼ全員でエジプトと日本を行き来しています。フィルムの回収と現像、新しいフィルムの設置は、かなりの作業量です。

クフ王のピラミッドを観測

–– いよいよクフ王のピラミッドで観測ですね。フィルムの設置場所は、どのように決めたのですか?

森島: このピラミッドでは、観光客が立ち入らない場所は限られています。設置場所の選択肢は多くありません。その中で、私たちは、「女王の間」に着目し、そこの縦横1m程度の狭い洞穴内に置くことにしました。フィルムは、設置した上方向90度前後が観測範囲で、ちょうどピラミッドの中央部を観測できることになります。

図5 女王の間にフィルムを設置 フィルムは1枚ずつ運んで、2枚重ねて設置。上下両方のフィルムに記録されたものが、その場での測定結果となる。 Credit: ⒸScanPyramids Mission/Ph. Bouseiller

–– 巨大空間は、どの段階で発見できたのですか?

森島: 最初に置いたフィルムの画像を見た瞬間から、怪しいと思いました。未知の大きな空間があるのではないかと。そこで、2回目には、フィルムの位置を約10mずらして置いてみることにしました。すると、その画像からも、同じく空間の存在を確認できたのです。2カ所からの観測で一致した結果が得られたので、これは確かな結果なのだろうと、とても興奮しました。

–– 他のチームは発見できていなかったのですか?

森島: 発見は、私たちが最初でした。チームはそれぞれ独立して調査を進めていましたが、あるとき、日本の2チームが観測結果を討議することになりました。NHKの番組でもこのときの様子をご覧いただけると思いますが、女王の間に検出器を置いたKEKチームの観測画像には巨大空間は映っておらず、私たちの結果に驚いていました。

詳しく検討した結果、KEKが検出器を設置した場所からは巨大空間と「王の間」が重なってしまい、一見判別できなかったと分かりました。そこで、KEKの検出器を横に数m移動して観測したところ、巨大空間が映し出されました。

今度は巨大空間の位置を標的にしてCEAチームにピラミッド外部から観測してもらったところ、私たちの結果を支持するデータが得られました。3種類の異なる検出器を用いても、同じ結果が得られたのです。

–– そこでNatureに投稿されたのですね。

森島: いいえ。ピラミッドの調査結果は、まずエジプト考古省に報告しなければなりません。ですから、これまでの私たちの例では、プレスリリースとしての公表にとどまります。今回も、まずは考古省に結果を報告しました。すると、意外にも「外部の人たちによる評価を得てほしい」とのことでした。

おそらく、発見のインパクトの大きさから、第三者の評価を求めよとの返事になったのだと想像します。そこで初めて、Natureに投稿したというわけです。3チームの結果を1つの論文にまとめました。

–– 今後はどのように研究を展開されていく計画ですか?

森島: 現時点では、発見した空間の詳細な形は不明なので、それを明らかにしていきたいと思います。そのためには、複数箇所から観測し、立体的なデータを得るようにしなければなりません。X線写真がCTスキャンになるようなものですが、その技術を今開発しているところです。

今回のことで、ミューオンを用いたイメージング技術、ミューオンラジオグラフィを多くの人に知ってもらえて、とてもよかったと思っています。今後も、ミューオンラジオグラフィでいろいろなものを観測していきたいと考えています。例えば富士山。観測スケールをアップすると考えると富士山かなと。

橋などのインフラ構造物の老朽化点検にも応用できるでしょう。フィルムは電源が不要で安価ですから、有望です。そのため、現在のフィルムは2〜3カ月で劣化してしまうのですが、30℃で1年間使用できる乳剤の開発にも取り組んでいます。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

森島 邦博(もりしま・くにひろ)

名古屋大学高等研究院特任助教
2010年名古屋大学理学研究科博士課程終了。2014年より現職。フィルムを用いたミューオンラジオグラフィの研究は、「フットワーク軽く行えるので、自分たちのアイデアをどんどん反映できて面白い」という。ピラミッドの観測も、面白いに違いないし、技術開発にもなる、と決断した。とはいっても、新しい構造は何も発見できない可能性もあったから、大空間の存在は、ミューオンラジオグラフィの研究にとって本当にラッキーだった、と実感するそうだ。

森島 邦博氏

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180320

参考文献

  1. Morishima, K. et al. Nature 552, 386–390 (2017).