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CRISPRに対する懸念

Credit: adamkaz/E+/Getty

CRISPR–Cas9系をはじめとするゲノム編集技術の進歩は、科学が躍進する可能性を高めたが、同時に倫理上の懸念も増大させている。英国でこの領域に大きな影響力を持つ第三者機関「ナフィールド生命倫理評議会」(ロンドン)は、2016年9月30日に130ページにわたる予備報告書を公表した。その中で、ヒト胚と家畜への応用について重点的に検討する必要があると述べた。

ゲノム編集を施したヒト胚に関する倫理的懸念を多くの人が最も強く持っていることは、学者や一般市民の声から明らかだと、ロンドン大学キングスカレッジ(英国)の法学者でナフィールド評議会の作業部会メンバーでもあるKaren Yeungは話す。「ヒト生殖への応用は最も話題になるか、最も物議を醸す領域でしょう」。

2015年、ヒト胚にCRISPR–Cas9系を使った研究が発覚した。その研究はあくまで学術研究が目的であり、生存能力のないヒト胚が使われた(P. Liang et al. Protein Cell 6, 363–372; 2015)が、これが発端となって、ゲノム編集をヒトでも展開すべきか否か、またするならどのように行うかについて社会全体に議論が湧き上がった。

一方、世界各国の学術機関や関係当局は大いに省察を深めた。米国科学工学医学アカデミーは現在、ゲノム編集技術のヒトへの利用に関する報告書をまとめているところだ(完成予定は2017年初め)。また、欧州の倫理学者からなる独立グループは、医療目的に使う前にCRISPR法が安全で信頼できることを確認するための運営委員会を設置するよう、欧州委員会に働きかけている。

英国のナフィールド評議会も、ヒト生殖へのゲノム編集利用の倫理的問題に関する報告書を2017年初めに完成させることを目指している。同評議会の報告書を作成する作業部会は、遺伝子編集技術を使って遺伝疾患に取り組むことの影響を重点的に検討することになるだろうと、Yeungは話す。彼女によれば、その種の使用は何年か先のことだろうが、重要な問題なので早くから集中的に検討する方がいいという。着床させることを前提としてヒト胚に手を加えることは、英国では違法なのだと彼女は指摘する。もし作業部会が、疾患予防のためにゲノム編集技術を使うことを道徳的に支持できる強い根拠を見つけても、現在の法的規制を変更するには時間がかかるだろう。彼女はまた、同評議会の作業部会は、倫理的に容認できる利用法と容認できない利用法の線引きにも取り組まねばならないだろうという。

そうした線引きの議論は特に重要だと、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)で法律と倫理を研究するAlta Charoは話す。科学者や倫理学者が注目するのは普通、深刻な遺伝的障害についてだが、一般の人たちは「知能増強」のような怪しげな話題に走ってしまうことが多い。「一般誌は、何かというと『デザイナー・ベビー』です。遺伝学的に見て堅実な記事作りをするのではなく、大衆の興味を最大限にかき立てようとするのです」とCharo。

一方の家畜へのゲノム編集技術の使用にも問題が伴う。動物の福祉に関する懸念や、ゲノム編集で生まれた家畜の肉にその旨標識を付けるべきか否か、また標識を付けるならどんな方式かといった問題だ。標識は特に厄介で、遺伝子編集を施した家畜個体と、それと同じ変異を天然で持つ個体とを区別できない恐れがある。

「標識付けや分類はトレーサビリティーに左右されます」と、エクセター大学(英国)の科学哲学者でナフィールド評議会の作業部会メンバーであるJohn Dupréは話す。「ゲノム編集は、トレーサビリティーの解析的検証を困難もしくは不可能にしてしまいます」。

しかし、角のない畜牛や病気になりにくいブタといった、ゲノム編集による家畜の開発はすでに進行中である。また、ナフィールド評議会の作業部会の印象では、この家畜問題についての公開討論が相対的に少なかったと、同評議会organizes運営幹部のPeter Millsは話す。「畜産の世界では、ゲノム編集を進める準備がほぼできています。家畜のゲノム編集に社会の関心を向ける必要がある、というのが我々の見解です」と彼は語っている。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170112

原文

UK bioethicists eye designer babies and CRISPR cows
  • Nature (2016-10-06) | DOI: 10.1038/nature.2016.20713
  • Heidi Redford